15
2月

about Quadrifoglio Verde

1910年、ひとつの自動車メーカーがイタリア、ロンバルディア州の州都ミラノに誕生した。

当時すでにトリノに設立されていたフィアット社に対抗すべく、ウーゴ・ステラを始めとするミラノの企業家たちによりその名前はA.L.F.A.(Societa Anonima Lonbarda Fabbrica Automobili)すなわち、ロンバルディア自動車製造会社と名づけられた。

設立時はフランス資本のダラック・イタリアーナ社を買い取る形で生産をスタートしたA.L.F.A.であったがすぐに自らの設計による新型車開発に取りかかる。そのプロジェクトを任されたのは新しく技術部長として採用されたジュゼッペ・メロージであった。彼の設計チームの最初の作品であり、またA.L.F.A.社にとって最初のオリジナル車である24HPが完成したとき、メロージはそのシリアルプレートに将来への希望と幸運を願って、伝説的なお守りであるクアドリ・フォリオ・ヴェルデ(四葉のクローバー)を刻み込むことにした。そしてそれはA.L.F.A.の文字を囲むように2箇所にひっそりと刻印された。

設立からわずか5年でA.L.F.A.は最初の経営危機を迎える。メロージが願った“四葉のクローバー”の幸運は潰えたかに思われたとき、それからのA.L.F.A.の運命を決定付ける幸運が訪れることになる。当時のイタリア経済界の寵児、ニコラ・ロメオの経営参加である。A.L.F.A.を買収したロメオはその社名を自分の名前とともにAlfaRomeoと変更する。そして、彼の強い主張からAlfaRomeoは、GPレース車の設計開発技術に立脚したプレミアムスポーツカーコンストラクターとしての地位を確立する。

レース車の開発は第一次大戦により中止を余儀なくされたが、戦後すぐに開発計画は再スタートする。そして1923年のタルガ・フローリオに出場したRLタルガ・フローリオのボンネットには、かつて幸運のシンボルとしてひっそりと刻み込まれていた“四葉のクローバー”が堂々と描かれていた。

メロージが願った会社の行く末の幸運は、AlfaRomeoとなることによって安定し、今度はレースにおける勝利を願って描かれたのである。しかし当時は現在のような三角形ベースではなく、白の菱形ベースの中に書かれていた。その後、この霊験あらたかな勝利のシンボルはAlfaRomeoのコンペティションモデルに描かれることとなる。P2以降のコンペティションモデルに描かれたそれは、現在と同様に三角形の白ベースとなっているが、クローバーの形や茎の向きは様々なバリエーションが存在する。現在のようなCI(コーポレート・アイデンティ)が厳しいわけではなかったので、その都度鷹揚に描かれていたようである。

本来はレースにおける勝利を願って描かれたものであったので、基本的には量産車に描かれることはなかったが、第二次大戦後に量産車メーカーとして大変身を遂げたAlfaRomeoの代表作である、ジュリアスプリント1750GTVのCピラーに、この“四つ葉のクローバー”は“正式な装備品”として装着される。その後の2000GTVではなぜかビスコンティサーペイントのエンブレムに変更されたが、これ以降はコンペティションモデルだけでなく、量産車のハイパフォーマンスモデルに“クワドリ・フォリオ”という名前とともにエンブレムが装着されることとなる。

代表的なものとしては、アルファ・スッドTI、Spider Sr.3、164、145などが挙げられる。また、四輪駆動モデル(155Q4,164Q4など)はそのシンボルである”4”とデザインを合体させたエンブレムが装着されている。

現在は、オーナーの好みで装着されることも多いため、必ずしも正式モデルでなくともこの四つ葉のクローバーが描かれたアルファ・ロメオは多く見かけることができる。

以上のように歴史的には“正しい”貼り方はないと言えるが、敢えてアドバイスするとすれば、茎の位置は下で向きは左向き、赤ボディに貼る三角形は白、それ以外のボディカラーの場合は白ベースにグリーンの縁があるものを貼るのが良いとされている。フェンダー両側に貼る場合は当然、同じ向きのもの2枚だと片側が反対向きになってしまうので、左右対称のペアを購入すれば良いであろう。

(注意) 本文と写真は必ずしも一致していません

●Column by 510190